トンイとイ・サンの関係は?家系図でわかるクム・英祖・思悼世子のつながり

韓国ドラマ

韓国時代劇『トンイ』と『イ・サン』。どちらも朝鮮王朝を描いた人気作ですが、実は主人公同士が血縁でつながっているのをご存じですか?

結論からいうと、トンイはイ・サンのひいおばあさん(曾祖母)にあたります。間にいるのが、トンイの息子で第21代王となる英祖(ヨンジョ)と、その息子・思悼世子(サドセジャ)です。

トンイとイ・サンの関係は?家系図で確認

まずは親子関係を整理してみましょう。

トンイ(淑嬪崔氏)+粛宗(第19代王)
↓ 息子
英祖(ヨンジョ・第21代王)
↓ 息子
思悼世子(サドセジャ)
↓ 息子
正祖(チョンジョ・第22代王)=イ・サン

つまり、ドラマ『トンイ』に登場する少年クムが、のちに『イ・サン』で孫を厳しく見守る英祖になるんです。別々の作品だと思っていた人には、ちょっと驚きのつながりですよね。

『トンイ』のクムは『イ・サン』の英祖と同一人物

『トンイ』でトンイが産んだ王子クムは、延礽君(ヨニングン)と呼ばれ、のちに英祖として即位します。

英祖は1724年から1776年まで王位にありました。『イ・サン』で登場する年老いた王は、このクムが成長した姿です。

ただし、ドラマの人物像や会話は史実をもとにした脚色も含まれています。二つの作品をそのまま続編として見るより、同じ王家の別の時代を描いた物語と考えるとわかりやすいですよ。

イ・サンの父・思悼世子に何があった?

二作品の間で知っておきたいのが、英祖の息子でイ・サンの父でもある思悼世子の悲劇です。

1762年、英祖は思悼世子を米びつに閉じ込め、思悼世子は命を落としました。父と息子の確執や宮廷内の政治的対立などが絡む、朝鮮王朝史でもよく知られた出来事です。

幼いイ・サンにとっては、父を失う大きな事件でした。『イ・サン』の物語を理解するうえでも、欠かせない背景になっています。

『トンイ』『ヘチ』『イ・サン』はどの順番で見る?

物語の時代順に楽しみたいなら、次の順番がおすすめです。

  1. 『トンイ』:トンイと粛宗、幼いクムの時代
  2. 『ヘチ 王座への道』:クムこと延礽君が王位を目指す時代
  3. 『イ・サン』:英祖の孫・正祖が主人公の時代

『ヘチ』を間に挟むと、トンイの息子がどのように王になったのかが見えてきます。『赤い袖先』も正祖を主人公とした作品なので、『イ・サン』と見比べるのも面白いですね。

『トンイ』と『イ・サン』は直接の続編なの?

二作品は同じ王家の歴史でつながっていますが、物語として直接続く続編ではありません。

どちらもイ・ビョンフン監督が手がけた時代劇として知られています。史実の親子関係を知ったうえで見返すと、登場人物への印象も変わってきそうです。

まとめ

『トンイ』の主人公は『イ・サン』の主人公の曾祖母。トンイの息子クムが英祖となり、思悼世子を経て孫のイ・サンへとつながります。

特に覚えておきたいのは、『トンイ』のクム=『イ・サン』の英祖という点。これだけで二つのドラマがぐっと身近に感じられますよ。

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